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テネシー地区日本語弁論大会

2013年4月6日(土曜日)午前11時~午後8時まで。ナッシュビル、テネシー州。

 

毎年恒例の弁論大会で日本語を学ぶ州内の学生が上位を競います。前年の最優秀賞者に、アメリカン航空より日本行き往復チケット2枚とマーフリースボロ市にあるMR Japanese/Project Staffingより500ドルの旅行給付金が授与されました。また、それぞれ3つのレベルの優勝者には、三井USA, ブリジストン・アメリカ、日産、東芝、そして日本国総領事館、他より賞金と賞品が送られました。

ロバート・シー・アーネット氏、勲章受賞

6月18日、日本政府はロバート・シー・アーネット氏が日米の友好関係に貢献した事を表し、名誉ある旭日小綬章の受賞を正式に発表しました。勲章は日本国天皇陛下より授与されます。

 

旭日賞は1875年に日本で最初の勲章として日本政府により制定されました。勲章は日本と他国との友好の増進等に顕著な功労のあった個人に授けられます。アーネット氏は、主として日米関係の強化促進への永続的な献身が認められました。

 

2000年にはテネシー日米協会(JAST)の設立に携り、アーネット氏は役員の1人として活躍し、2003年には協会の第2代Presidentを勤めました。 7年間に渡る彼の強いリーダーシップの下、JASTはビジネス、教育、地域開発において活動の場を拡張させました。奨学金の設立、テネシー州に日本を紹介する対話式メディアガイドの開発、JAST年次コミュニティー・サービス賞の設立、メンフィスでのアウトリーチ活動の拡張、そして、在ナッシュビル日本国総領事館と共同に行われる盛大なナッシュビル桜祭りと日本語弁論大会の立ち上げが功績に挙げられます。

 

JASTとの携りを通じて、アーネット氏は日米合同会議年次合同会議にテネシー州代表の民間部門代表のリーダーも務めました。彼の役割は、テネシーに日本企業を歓迎する事を実証するだけではなく、予想される投資者に対して彼自身が役に立てる立場である事でした。

 

アーネット氏はアメリカ海軍のオフィサーとして在役中、1957年に始めて日本に触れました。彼の船が一週間神戸の港に停泊した際、1人で日本の小さな町を見学する機会がありました。彼は言葉の壁があるにもかかわらず。日本の人々がとても友好的だったことに直ぐに驚かされました。

 

彼の日本との繋がりは1992年に東芝アメリカ家電社(Toshiba America Consumer Products)に入社してから、より一層深くなりました。彼は東芝社に約11年勤めた後、Senior Vice PresidentとGeneral Managerを経て退職しました。また、彼は東芝アメリカ家電車の役員の内、唯一のアメリカ人でもありました。彼はエグゼクティブという立場から、地域メンバーが様々な社交行事を通じて、地域社会に適合するための支援を行う事で、ナッシュビル地域の日本社会の重要な代表者の1人として務めてきました。活動的な市民リーダーであるアーネット氏はアメリカ赤十字ナッシュビル支部役員、ナッシュビル・シンフォニー役員、バンダービルト大学心臓学研究所顧問委員会なども兼任してきました。